スタッフ紹介

大阪府豊中市 ゆうバランス整骨院
名前 佐藤裕
生年月日 1977年12月27日
血液型 O型
資格名 柔道整復師

施術家になったきっかけと開業までの経緯

施術家になった理由

私は1977年12月27日京都で生まれました。

子供の頃は小児ぜんそくで発作が起きた時は、思いっきり息を吸ったり吐いたりしないと呼吸が出来ないので、呼吸をするだけで汗だくになるほどでした。

小児ぜんそくの発作は夜に起こります。

朝も治まらなければ学校を休む事もありました。

お薬を飲んでいましたが、発作は相変わらず起きるので、親が体を鍛えた方がいいと空手道場に入門、それが功を奏したのか徐々に発作が少なくなっていきました。

のちに病院の先生が「わたしはステロイドは出来るだけ処方しません、薬に頼るのではなく体をしっかり使って強い体を作りなさい」とアドバイスされたと聞かされました。

ぜんそくもすっかり良くなり僕も病気で困っていたので今度は救う側になりたい!!

とそんなカッコいいエピソードになりそうな所ですが…

子供の頃に、苦痛=医療というイメージが心の中に刷り込まれていて医療現場で働くのは絶対嫌だと思っていました。

なのでこの時はまだ、自分が医療現場で働くなど微塵を考えていませんでした。

さて大人になるにつれて、自分の道を決めなければなりません。

僕は歴史が好きなので信長の様に世界を変えた人や、エジソンの様に人の生活を変えた人に凄くあこがれを抱いていたので、僕も誰かの人生をガラリと変えてしまう事を仕事にしたい!!と強く思っていました。

だけど何をすればいいのかまったく見つかりませんでした。

悶々とした日々を送りながら高校生になりました。

とりあえず大学に行こうかなと思っていたある日、ふと僕があこがれる歴史に名を残した人物達の共通点に気が付きました、それは…

「やりたくない事も死ぬ気でやり抜いたから、やるべき事を見つけてやり抜いた」という事です。

僕はやりたい事は無くて、やりたくない事は明確にありました。

それが子供頃に苦痛=医療というイメージを抱いた医療現場で働く事です。

僕は整体の学校に飛び込みました。

するとどうでしょう!面白い!!こんなに素晴らしい仕事があるのかと、どっぷり医療の世界に引き込まれていきました。

治療家としては小さな一歩でしたが、僕の人生のとってこれは大きな一歩になりました。

開業に至るまでの経緯

「整体師時代」

整体師になった僕は日々痛みという問題を抱えた人と真剣に向き合い、壁にぶつかると答えを求めて医療セミナーに参加したり、医療の書籍を買って答えを見つけて、また壁にぶつかるという日々を送っていました。

医療セミナーや医療の書籍は一般の人が聞くとビックリする程高額な物もたくさん有るので、給料の中からこのやり取りをしていたので、僕の財布の中はだいぶ涼しい感じでしたが(苦笑)。

痛みを抱えた人が笑顔になって「ありがとう」と言ってくれるので心の中はホクホクでした(笑)。

整体師になって20年以上たった今でも月に1回は日本のどこかのセミナーに参加しています。

整体師として充実していたある日、腰痛で整体に通っていた人が、「家で転倒して手首を骨折したので当分整体に行けません」と連絡がありました。

その方から半年後に連絡がありました。「もう骨は治ってるんだけど骨折した手首が痛いからなんとか欲しい」との事でした。

えっ?病院でリハビリしてないんですか?と尋ねると「骨はくっついているから、後は日常で使っていけば痛みも取れますよ」と言われたけど、痛くて使えないとの事でした。

僕は骨折の知識が無かったので、さっそく骨折の勉強をして、何とかその患者さまの手首の痛みは取る事が出来ましたが、こういうケガの悩みを抱えた人もたくさん居るんだと気が付きました。

しかし骨折や脱臼や捻挫の処置は資格的に整体師には行う事が出来ません。

「ほねつぎ時代」

そして僕の魂に火が付きました。

よし!「ほねつぎ」の資格を取ろう!そしてケガで悩んでいる人達も救いたい!と勤めていた整体院をやめて専門学校に入学しました。

ここから僕の人生の「ほねつぎ時代」の始まりです。

僕は骨折や脱臼や捻挫などのケガの処置をするのにどっぶり浸かっていきます。

ケガが発生する所には休みを返上して出掛けて行きました。

夏場の休みの日にはスポーツトレーナーとしてサッカー、ボクシング、フェイシング、などのスポーツの現場でのケガの処置や体の使い方の指導。

冬場の休みの日には、スキー場の医務室に出掛けました。

ここではケガ人が運ばれてくると、戦場の様になります。

手首の骨折や肩の脱臼で医務室のベッドやイスは埋め尽くされ、床にのも腰部の骨折や足の骨折の方が横たわっているといった状態です。

ここでも整体師時代の僕が顔を出します。

ただケガを処置するればいいとは考えませんでした。

どの様にケガの処置に痛みが無いように、またケガをされた方の負担にならない様に処置できるかの研究に没頭しました。

そして研究した事を今度はこれから「ほねつぎ」になる学生に伝えたくて専門学校の教員もしてました。

年中休みが無かったので、家族には相当怒られましたが(苦笑)

「整体師時代ふたたび」

この頃には痛み・しびれの整体や、骨折・捻挫のケガの処置どちらもトータルに診る様になります。

腰痛やケガの処置に明け暮れていたころ、腰痛が一度治った方が半年ほどして、「また腰を痛めてしまったから何とかして」と来院されました。僕は「わかりました。

また腰の痛みを取り除きましょう」と笑顔でお答えしました。整体院ではよくある会話です。

しかしこの日は、この会話に疑問を抱きました。

なぜ腰痛が再発するのか?無茶したから再発した?それは本当か?

もしかしたら、全て体に記録されているのでは?

そしてまた僕の魂に火が付きました。

今までは体を、首・肩・腰・膝の様に体をバラバラで診ていました。

さらに関節・筋肉・靭帯と細部もバラバラに診ていました。

しかし体は全体で一つです。

そして長い探求の結果ある一つの結論にたどり着きました。

その人の体には生活が全て記録されています。

その生活のミスを修正しないで、ただ一方的に治療していても、その場限りの治療で終わってしまい、「やってもらったその時はいいんだけと…」「良くなったけど、また痛めた…」など本当の問題は解決出来ないのです。

だから僕は、「本気で体を良くしたい!」「もう二度と再発したくない!」「何をやっても痛みが取れず、私の体はどうなってるの?」と不安な毎日を過ごされている「リハビリ難民の救済」の為に、ゆうbalance(バランス)を立ち上げました。